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タラマイが出来るまで(大学院・専門学校・就職編)

タラマイ
大学生まで熊本で過ごしていた私ですが、大学卒業後は、スポーツトレーナーになるという夢を叶える為に、茨城の大学院で学び始めます。23歳からの私の歴史をご紹介します

 

スポーツトレーナーになりたいと思い入学した大学院

茨城にある大学院への入学が決まり、ワタシはワクワクしていました。

なぜなら、その学校は大学受験の時点で行きたかった学校だったし、
これが勉強したんいです!と思い受験して合格した大学院。

なおかつ初めての一人暮らしで、
その時のワタシは、夢と希望に満ち溢れていました。

でも、新生活に浮かれていたワタシに待ち受けていたのは、
絶望感!笑

スポーツトレーナーになりたいので、スポーツ医学のことを勉強したい

と入ったくせに、
身体のことをほぼほぼ知らない状態だったものだから、
苦労しました。
(『事前に勉強していけ!』あの頃のワタシに言いたい一言!笑)

筋肉の名前やその筋肉がどんな動きをするのか、
こんな怪我をした時には、どんなことに気をつけてリハビリをするべきか、
また競技復帰をするためには、どんなトレーニングをすべきか、
勉強することは沢山!

もちろん、大学院なので、授業を受けつつ、自分の研究もしなければいけない状況。
朝8時に学校に行き、深夜2時とか3時とかに帰宅するという、
アホみたいな生活をしていました。
(要領が悪すぎたのでこんなスケジュールだったのですが、
同級生は早めに帰宅してました。苦笑)

大学院時代には、
その大学の女子バスケットボールチームにトレーナーという形で関わらせて頂いていました。
全国トップクラスのチームで、先輩トレーナーの元、

  • バスケットに必要な身体の使い方
  • 身体を使う為に必要なトレーニング
  • 怪我をした選手のリハビリやアスリハ(競技復帰するまでのリハビリ)
  • 遠征先では、選手の身体のケア

を行ったりしていました。

そんな充実した日々を送っていたのですが、
ある日お腹が少し痛からと練習を休んでいる選手が。
話を聞きに行くと、

『金さん(旧姓が金床なので、こう呼ばれていました)、実は生理痛がひどくて。。。
鎮痛剤も飲んでるけど、お腹が痛すぎて、今日練習できそうにないんですよ。
でも、コーチには理由は言わないでください。試合のメンバーから外されちゃうから。』

全国トップクラスのチームだったので、試合に出れるか出れないかの争いは毎日のようにやっていました。
こんなことくらいで練習を休むなんてやる気がないと思われたくない。
(生理痛がひどいってこんなこと!で済まされる話ではないんですけどね・・・)
その選手の気持ちは痛い程分かりました。

でも、その時のワタシには知識がなく、
『そっかぁ、そうだよね。コーチには、うまいこと伝えておくね。』
としか言いようがありませんでした。
(トレーナーは選手とコーチのパイプ役を担うので、選手の状態を逐一報告する必要はあるので)

筋肉とかの勉強は少しずつしていたワタシだったのですが、
内科系の疾患(病気など)に対する知識、それに対する解決策を持ち合わせておらず、ただただその選手に共感することしか出来ませんでした。

そんな時に知ったのが、鍼灸です。

鍼灸は内科系疾患にもアプローチ出来るらしい

こんな情報を得て、ワタシは鍼灸も学んでみたい!と思い、
大学院卒業後に鍼灸学校に行くことを決めました!(どんだけ勉強するんや!笑)

摩訶不思議すぎる鍼灸あマ指専門学校時代

大学院を卒業して、東京の鍼灸学校へ通い始めたワタシ。
今までバリバリ西洋医学的な勉強ばかりしていたので、
“気”が”血”(血液とは違う)が”水”がと、授業で急に言われても、ん?という状況でした。
それ、何?
そして、実技の授業もあり、
学生同士で鍼を打ち合い練習をするのですが、痛くて痛くて。。。
(みんな初めてなので、下手くそ。そして極度の痛がりなタラマイ!笑)

ちなみに、今まで一度も鍼灸治療を受けたことがなかった(よくそれで鍼灸の専門学校行こうと思ったよね!とよく言われてました)ので、
東洋医学はよく分からないし、鍼は何だか痛いし、選ぶ道失敗したかも。。。
とまで思っていました。苦笑

でも、少しずつ勉強していく内に、
よくよく考えたら、気は、日常生活でよく使われてるな!
【病は気から】っていうし【元気】【勇気】など、気って案外身近だなと思ったり、
鍼も自分が痛くないようには、どう刺せばいいかを自分で研究したりして、
徐々に面白くなってきました。

決定的な出来事は【足三里事件】でした。
胃の調子が悪いぞ。。。そうだ!足三里に自分で鍼をしてみよう!
と思ったことがありました。

胃腸の不調には足三里!ととても有名なツボがすねにあるのですが、
この足三里に鍼をしたところ、胃の痛みがスーッと引いたのです。
これだ!ワタシ、内科系に対するアプローチ方法を手に入れたくてココに来たんだ!東洋医学、鍼って面白い!と確信しました。

そこから3年間、友人達と切磋琢磨しながら国家試験にも合格し無事に卒業(なぜか卒業生代表答辞もしました。笑)

 

沢山の身体をみさせて頂いた鍼灸整骨院時代

専門学校時代に、勉強と平行して、就職活動という名目で、
色々な鍼灸院に施術を受けに行っていました。
その中の一つの鍼灸整骨院に国試前に内定をもらっており、無事に働き始めました。

朝8:30から夜8:30過ぎまで。
一応昼休憩有りとなっていたのですが、患者さんが昼休憩前にドドドーっといらっしゃると、
昼ご飯もババっと食べ、またすぐに午後の仕事へということもザラにありました。
(今考えると労働基準法の観点で、この職場アウトー!ですね。笑)

でも、沢山の方に来て頂ける鍼灸整骨院だったので、
毎日10人以上(多い時は15人くらい)の方のお体に触らせて頂くことが出来ました。
週に6日働いていたので、

12人✕6日✕約52週=年間人数述べ3800人

くらいの身体を触っていました。

  • 万年肩こりに悩まれている方
  • 土木系のお仕事でギックリ腰になった方
  • 心が病気になり身体の調子も悪くなっている方
  • スナックを経営しておりいつも美しくいたいので美容鍼をする方
  • 寝違えで仕事の前に寄ってくれる方
  • 不妊治療を病院と併用されていた方
  • 逆子の治療でお灸を受けに来られていた方
  • 妊娠後期に坐骨神経痛を発症し治療されに来ていた方
  • 育児中で腱鞘炎になっている方

本当に多種多様な症例をみさせて頂きました。
毎日大勢の方のお体を触り、鍼灸治療やマッサージを行い、笑顔になってもらう
この仕事にとてもやり甲斐を感じていました。

自分の技術のレベルアップには、とても良い職場だったのですが、
ある事件があり、ここでずっと働き続けることは違うかもと思いました。

私が働いていた職場では、時々お子さんを連れてくる方もいらっしゃいました。
お子様は、ママの近くにいれば割と泣かないこともあったので、
『バウンサーを導入してはどうか?』
と提案してみました。あと、院にもお子様用のおもちゃもあればいいのでは?とも。
院長の答えは『NO』!そこまでする必要はないときっぱり断られました。

その頃私には、子どもはいなかったのですが、
育児中のママ達の身体を沢山触っていて、とても疲れが溜まっているのを知っていました。
ここに来て身体を触ってもらい、話を聞いてもらえるだけで色々と楽になるわ
とお話してくださる方もいらっしゃいました。

そんなママ達が、ここに来た時くらい赤ちゃんもご機嫌に過ごしてくれ、
自分もリフレッシュして欲しいとの願いで、伝えた要望だったのに、
全く聞く耳を持っていただけなかった。

悔しい!と同時に、
そしたら、

自分がそういう空間を作ればいい!

と思いました。これ、開業権のある鍼灸あん摩マッサージ指圧師の特権です♡

そんな思いをふつふつと抱いていた私のお腹の中に、そうです、
赤ちゃんが舞い降りてきてくれました。
とても嬉しかったけど、妊娠して割とすぐの段階で悪阻(つわり)が始まりました。
まだ心拍も確認出来てないし、職場にはまだ伝えないでおきたかったので、自分でお灸をしたり鍼をしたりしながら、何とか通常通り勤務を続けていました。

ですが、妊娠8週で病院を再受診すると、
お腹の中にいた赤ちゃんの心臓が動きだすことなく、亡くなっていました。繋留流産でした。
病院を受診したその日に入院。翌日手術でした。

昨日までの幸福感から一気に絶望の淵にまで転がり落ち、涙が止まりませんでした。
妊娠初期の流産は、遺伝子レベルの問題だと説明されても、
あの時仕事を頑張りすぎなかったら、最初の段階で妊娠をちゃんと伝えていたら。。。
と後悔ばかりしていました。

手術した翌日には、仕事があったのですが、
旦那さんに電話してもらい、院長に伝えてもらいました。
妊娠していたこと、そして繋留流産して今手術が終わったこと、
明日と明後日は仕事を休ませてほしい事。

仕事をはじめて、病気で休んだこともなかったし、
なんなら忙しいからという理由で親友の結婚式ににも休みをもらえなかったけれども、
今回は術後で出血するかもしれない、何より、仕事に行けるようなメンタルではありませんでした。

泣いて泣いて泣いても涙が枯れることがないくらい泣いた3日間でした。

その後復帰し、また通常通りの生活。
立ち直るまでには、かなり時間はかかったけど、
妊娠・出産したら富士山にはしばらく登れそうにないなと思い、
旦那さんと富士山に登りに行ったり、弾丸で四国旅行をしてみたり(この時関東に住んでいた)、
金沢に行ってみたり、やりたいことを沢山しようと思い、
様々なところによく旅行に行っていました。
そんな悲しい出来事から、半年。

また、私のお腹の中に赤ちゃんがやって来てくれました。
そして、少したち、旦那さんの沖縄転勤が決まりました。
転勤予定日と、出産予定日が近いということが判明し、私は、ひとまず関東の家から里帰りして出産に備え、旦那さんのみ関東から一人沖縄へ転勤してもらいました。→続く

タラマイ
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